相変わらずの雨が、そして水たまりが俺の通学路を軽く妨害する。
プラスして朝の気だるさとのダブルパンチは精神的に効く。
昨日はあれから駆け足でそのまま家まで帰った。ちょっとした道のりだったが、雨の中をとぼとぼ帰るってのも寂しいものだ。疲れるけど走った方がなんというか・・マシだ。
アヤメの方も元気そうだった。人助けもできた。そう考えると昨日は意外に良い一日だったのか?
・・・自然と頬の筋が緩くなる。
もう少しで学校に着く。周りの学生の数も増えてきた。
「――はぁ、こんなに湿気のある中、1時間目から体育・・死ぬな、今日」
俺がそんな弱気な独り言を呟いたときだった。
「おはよう、有紀君」
不意に後ろから女性の声が・・、呼び止められた。
と言っても、顔見知りなんだが。
「おはようございます、夕菜先輩」
俺はそう言いながら振り返ると、
「ふふ、どうしたー?死にそうな顔だぞ〜?」
「そんなことないですよ」
そんな冗談を言いながら俺の歩いている横に寄ってきた夕菜先輩。
この夕菜先輩は俺とは中学からの先輩・後輩関係で結構仲が良かったりする。本名井上 夕菜、夕菜と書いて「ユナ」と読む。
出立ちは間違いなく綺麗で、ロングの髪がたなびき美女コンとかに出たら上位入賞するくらいはあるだろう。・・・が、完璧なのはあくまでも見た・・―――
いきなり夕菜先輩が地面を見ながらソワソワしだした。
「どうしました?」
「あの、ちょっとコンタクトが片方取れちゃったみたい で・・・」
左目を押さえながら、右目だけでこっちを見てくる。
「わかりました、手伝いますよ」
断る理由もないし。
「ありがとう、ならお願いしちゃうわね」
先輩が言うには、さっき俺と会ったときくらいから目に違和感があったらしい。
「じゃあ有紀君は・・こっちの歩いてきた方をお願いね」
「わかりました」
俺は少し後戻りし、屈みながらコンタクトを探した。制服が徐々に濡れてくる。
「雨で視界悪いですねー・・」
「そうねー」
この会話を最後に黙々と探し続けた。俺はそれなりに懸命に探した。
自分の持ち場を隈なく探して・・探して・探してもコンタクトは見つからない。
傘を持っていたものの、すでに学生服は半分濡れていた。
―――ない、かな?
残念だが諦めて「なかった」と言いに、角の方に目をやると・・・
「いない」
先輩がいなかった。角を曲がって探しているのかと、見てみても、
「いない?」
ふと、俺のすぐ真横に立っている電信柱が目に留まった。何か紙が貼ってある。
《かわいい学生君へ☆ 学校遅れるから先に行くね?》
・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・「え?」
《 P.S サイショっから落ちてなかったの!ゴメ〜ンネ?》
「え?」
俺は、呆気にとられた。一日に・・しかも朝っぱらからこんなに呆気にとられたことなどないかもしれない。
周りを見ると、さっきまであんなにいた学生が1人もいなくなっていて、学校へと駆けていくのが数人いるくらいだ。
腕時計を見て実感する。
「―――あ」
要約、凍りついた頭が回転してきた。
とりあえず、走った。全力で。
多分俺がバカだった。
なんとか遅刻を免れ教室に入れたものの・・
「やられた・・・」
机に突っ伏していた。走ったおかげで傘は役に立たず上着はずぶ濡れ。
夕菜先輩。見た目は完璧だった。――だがしかし、中身に問題のある先輩なんだ。
普段は落ち着いていて物静か。だが、あの先輩は中学の頃から俺をよく、なんていうか・・・イジる人だった。弄ぶというか。
ため息しか出てこない。
あの人のことは理解していたのに。
暫く何もしてこなかったから油断していた。
「くーそー」
しかし、誤解してはいけない。悪いところだけではない。
俺が高校受験のとき、勉強を見てくれたのも先輩だった。
・・・まぁ、勉強中俺がトイレ行ってる間に、親が差し入れてくれた飲み物に墨汁いれたりしたのもあの先輩なんだが。この高校に受かったときは一緒に喜んだっけな。
「――――おいおい、長友君?」
俺が今朝のことからなぜか過去を振り返りかけていたとき、俺の肩を何かで突きながら、また女性の、今度は心配そうな声がした。
「長友君長友君、大丈夫かな?」
「へっ?」
身を起こすと、右手にシャーペンを持った我らがクラスの委員長、銀見 翠が心配そうにこちらを見ていた。銀見は「しろみ」と読む。大抵「ぎんみ」さんと、初めはそう呼んでしまう。仕方がないことだが少し不憫だ。
「俺、変だった?」
「変だったよ、すごく!」
そんなに「すごく」を強調しなくてもいいじゃないか。そんなに変だったのか・・俺?
「別に机に突っ伏してただけ変じゃないだろ?」
すると銀見は困った顔をしながら、
「長友君、寝てるのかなーって思ったら、いきなり『くーそー』って怒ってるのか悔しがってるのか分からない声だして・・・」 あぁーなるほど。事情を知らない人からみたら怪しいな、そりゃ。
「それにいきなり笑い出したんだよ?『ふふっ』みたいな感じでぇ!」
あぁーなるほど。合格発表の辺りかな。そりゃね、下手したら病院だな。
「違う違う!誤解だって!!」
「ひゃ!」
俺が動揺して、つい声を大にしてしまった。銀見は結構ビビりだったりする。小心ぽい感じだ。
「ごめんごめん、つい声を上げてしまって」
「いえいえ、私が悪いんだよ。すぐ驚いちゃう方だから」
自覚もあるようだ。
俺は、今朝登校中であった事件を話した。・・・まぁ名前は伏せてだが。
「面白い人もいるんだねー」
面白いか?
「こっちは大変だったんだぞ?この通り服は濡れるし、体育を前にしてすでにバテてるしさ」
俺は首を横に振ってみせる。
「長友君って騙しやすそ―――違・・えと、優しそうだもんね、アハハ」
この人は、もう少し物事を考えてから口にした方がいいんではないか?
「そんなことないよ」
両方の意味で否定しておこう。
「ふふっ、そういうことにしておきますよ。・・そうだ、これ使ってよ」
そう言って、鞄をゴソゴソとあさってからひょいっと俺の前にタオルを出した。
「私、恥ずかしながら汗っかきだから体育の日はタオルを2枚持ってきてるの、1枚使ってよ、それじゃー風引くよー?」
「そんな、悪いよ」
今朝の夕菜先輩の仕打ちから考えると涙が出るほど嬉しいことだ。
「人の優しさは素直に受け取るものだよ」
ニコッと善意の塊みたいな笑顔でタオルを寄こした。
「なら、有難く受け取りますよ、ありがと」
いいのいいの!と銀見はいいながら、他の友達の方へ足を向けていった。
銀見がうちのクラスの委員長になったのはこういうところがあるからだと思う。本人は始め渋っていたが、断りきれない性格なとこもあるらしい。「私が委員長でいいんだろうか?」と悩んでると小耳に挟んだことがある。
放課後。雨は午後から止んでいた。
1時間目の体育は体育館でのドッヂボール。俺は外野で疲れていた。2時間目の国語は寝て終わり、3時間目の社会(歴史)以降は普通に受けていった。
「ふぃー終わった終わった」
校門を出、帰路につきながら、今日一日を思い返した。久々に壮絶だったと思う。特に朝。
「夕菜先輩も手加減を知らないから・・・」
「朝のことまだ気にしてるの?」
「うわ!?」
いつの間にか背後に夕菜先輩がいた。
「驚かせないで下さいよ」
今朝も背後だった。後ろを取るのが好きらしい。
「そりゃ、今朝のは酷いですよ?雨でびっしょりだったんですから」
「でも、そのおかげで可愛いお友達からタオルの差し入れがあってよかったじゃない?」
微妙にしたり顔で言う先輩。
「なんで知ってるんですか!?」
ふふふ、年上のお姉さんはなんでも知ってるんですよ〜と、はぐらかして、
「じゃ、有紀君、あの子大切にするんだよー!」
とか言いながら曲がり角で消えて行った。
「あの先輩は・・・」
半ば呆れながら、今日はアヤメの家に行こうかどうしようか考えながら、また歩を進めた。


BACK / INDEX / NEXT
SEO対策 ショッピングカート レンタルサーバー /テキスト広告 アクセス解析 無料ホームページ ライブチャット ブログ