八話

外はまだ暗く、静かだった。
昨日は、多めに出題された英語の課題などを消化してからの就寝で夜遅かったはず・・・何故か早く起きてしまったのだ。
時計を見るとまだ4時過ぎ。
流石に2度寝をしないといけない時間だ。
「にしても、今日の先輩は・・・・」
いつも朝一番に考えることは学校のことで、時間割とかだが、今日は先輩のことだった。
昨日の今日でどういう変化が生まれるか。まぁ生まれないだろうけどさ、とりあえず謝罪してるところは見てみたい。あの先輩が下手に出てるとこなんて一生に今日くらいだろう。
そんなことを考えてたら眠気はどこかへ飛んでったわけで。
手探りで準備していた着替えを見繕うとしたら、ぽふっと、何かが俺の手に当たった。
「タオル?」
暗くて色までは分からないが・・えーと、アレだ。委員長だ。貸してくれたタオル。
机の横に落ちているそのタオルは、記憶が正しければ薄ピンクでワンポイントの桜の花びら。
ただし、何か―匂う。
当然といえば当然だが、借りてから洗ってないという失態だ。
一回ため息をついた後に、急いで着替えて急いで風呂場へ行き、洗って干した。


5時過ぎ。
俺は風呂場から台所に席を移していた。多分渡す時までに乾かないであろう洗濯物(委員長のタオル)のお詫びに何か作って持っていこうと考えに至った。因みにサンドイッチ。うちの喫茶店の賄い飯みたいなものだ。常連さんには隠しメニューで出したりしている。母親特性ソースは「うまい」と言うしかない。夜中のテンションというわけではないが、実に突飛な発想だと、後々後悔する。
このときは、いい考えだと真面目に思ってたんだが。


早起きとはいいものだ。登校していて、いつもの気だるさをあまり感じない。
たまには早起きをしてみるか。
「おっはよー有紀君」
夕菜先輩・・いつも通り元気。睡眠時間が多いんじゃなく早起きだから元気なのか?それとも両方か?と余計なことを考えていると・・・
「ほら、またなんか考え事〜?」
と、いつも通りのツッコミがくるわけで。
昨日の今日で、やはり変化なし。電話口だけの隠れキャラというわけか。
そして気づいた、先輩の視線。そして僅かに緩んでいる口元に。
「有紀君が持っているその包み、何かな?いい匂いがするんだけども・・」
『!』と閃いた。
「これは・・昨日の電話でも話した通り、銀見さんへのお詫びです」
と、少しトーンを落として言ってみた。
一瞬の間。
「あは・あはは・・・ごめん。」
あれ?
効果があったのか、それこそ珍しくショボンとした夕菜先輩の姿。
「あ、でも、今日たまたま早起きして・・・」
と、今日の朝の経緯を話したが、先輩の様子は変化なかった。
教室。
いつも登校の早い委員長の姿を探したが、残念ながら見当たらない。
代わって、朝っぱらから残念な借金人間が俺に接近してきた。永山智樹(500円)である。
「有紀ー、ヒマだー!」
と、走ってくる永山。
正直めんどい・・とか言ったら怒られるだろうか。
「暇なら500円返してほしいんだが・・・」
「有紀、お前・・友達に対しての第一声がそれかよ」
永山の目が泳いでいる。
「持ってないなら、稼いで返せ」
「それが友達に対する・・・」
何度同じこと言う子なんだ。
それから500円に絡んだ話をすると「それが友達に対する・・・」と言って逃げる不毛な対話が続けられた。
そして、そんな会話にピリオドを打ったのが、もちろん委員長だ。
席に座ってしまう前に
「おはよ、委員長・・ちょっといいかな、昨日のこと」
そう言って外に促した。昨日って・・お前委員長と何が!?とかうるさい永山はほっといて。


ここ数日で2回目になるだろう屋上に一番近い階段の踊り場。
結城さんの次は委員長こと銀鏡翠。
「用事?」
まるで昨日のことなど覚えてないかのような物の聞きよう。まあ催促してくる様な人ではないことは分かっているが。
「昨日のお金なんだけど・・」
「ああ、昨日のね!」
400円を財布から取り出して渡した。
「あそこの店って結構するよね、値段が・・・」
「そうかな、バイトしてるから飲もうと思えばいつでも飲めるし、あとサンドイッチもオススメだよ☆」
一瞬の営業スマイル。また来て、食べてくれと言っているらしいな。そんなことよりも今ので思い出した。
「この前、貸してくれたタオル、ありがとう」
すっとタオルと、あとお手製サンドイッチ。
「これ、サンドイッチ?」
包みを開けて、どうやら母親特性ソースに香りに魅了されたみたいで、クンクンと匂いを嗅ぐのをやめない。
「うち喫茶店してるから、その賄いなんだけどね」
「いいの?美味しそー」
これで、この一件は片付いた。
「長友君、あと昨日のことなんだけどさ?」
昨日の???
「女の人!」
・・・夕菜先輩か。
「もしかして、井上先輩のこと?」
何故か苗字で答える。
「あの先輩とは幼馴染みたいな腐れ縁で、昨日みたいな悪戯して楽しんでるだけ」
なんでこんなことを委員長に言わないといけないんだ・・・。
「とにかく、その人に謝らないとダメだよ?」
委員長命令です!と付け加えられ、朝の集会は解散となった。


昼休み。
「すみません、井上先輩居ますか?」
俺は委員長命令を実行するために、夕菜先輩のクラスに来ていた。
「どうしたの有紀君?」
口元にご飯粒が―そう言おうとしたけど、やめた。
お返しだ。
「あの、お話が・・・」
「何よ、改まって〜」
その顔を見る限り、朝の落ち込みは消えているように見えた。
「場所もなんなんで、歩きましょう」
「いいけど・・もしかしてお昼ご馳走してくれるとか!?」
「そんな余裕、俺は持ち合わせてないですよ」
「あー、だよね」
そこで肯定しなくても・・当ってるけどさ。
とにもかくにもだ、委員長命令を遂行しよう。
「本題ですけど、昨日はすみませんでした」
「なんで有紀君が謝るのよ?」
「・・その、告白、だったんじゃ・・・」
自分で言って恥ずかしい。
そんなわけがない。
「・・・・・・有紀君、それは、ね」
なんでそこでどもるんだ。
「先輩?」
「あっ!あれ、この前タオル貸してくれた子だよね?」
いきなり叫んだ。俺たちの進行方向には、委員長がいた。どうやら自動販売機でジュースを買っているらしい。
「あの子が右手に持ってるの・・朝有紀君が持ってたのじゃない?」
こういう時だけ記憶力が良いんだから。
「あれは、タオルのお礼にと、サンドイッチを」
「もしかして有紀君とこの喫茶店のヤツ!?」
「そうですけど?」
夕菜先輩の目が輝いた。
「食べたいなー・・私も」
なら、食べに来て下さいと言ってからがうるさかった。
「あのぅ」
紙パックのぶどうジュースを持った委員長はクラスメイトが困っているとき、本当に助けてくれるらしい。
「良かったら、分けますけど・・・」
いつの間にか今朝俺が渡した包みを突き出しながら、委員長はそこに立っていた。
「いえ、いいのよいいの・・今度また作らせるから、ね?有紀君」
そこで俺に振るか。
「こんなに美味しそうな香りがするんだし、仕方ないよ。一枚あげます。」
そう言って委員長はゴソゴソと包みを開けようとした。
「ここで開けなくても、教室で開けよ」
と、夕菜先輩は提案した。
「でも井上先輩と教室離れてるし」
「いいよ、大丈夫。有紀君とこのサンドイッチは美味しいからそれくらいの労力は惜しまないよ」
と言って、歩きだした。
たまにはこの先輩も良いこと言うんだ。
教室に戻るときのポジションは、俺が後ろで先輩と委員長のツートップ。
2人で何やら話しているようだったが、話題が俺なのは理解した。何回も名前を呼ばれていたし。
教室前に着くと委員長がサンドイッチ渡しとくからと、先に教室に帰された。
2人は立ち話しをしているようで、委員長が教室に戻ってくるのは俺が入ってから5分くらい後だった。
何話してたの?と聞いても
「えへへ、別に・・・」
と答えない。


帰り道。
先輩に委員長と何話していたんですか?と同じ質問をぶつけても、やっぱり話さない。
最後には・・
「戦線布告かな♪」
などと、意味の分からないことを言い出す始末。
そしていつものように角を曲がって消えていった。
朝が早かったせいか、眠気が凄まじい頭に「戦線布告」という四字熟語が鈍く響いていた。

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