4.

「どうだった?」
 エントランスに降りるとバルナバが居て、少女を見つけるなり駆け寄ってきた。その表情は興奮している様であり、彼自身は望む方向へ結果が導かれたのだろうと容易に想像できた。
「……合格だって」
 不機嫌そうに言い、さっきの女が居た受付の方に目をやる。そこには既に違う人間が座っていた。
「どうしたの? 不機嫌そうに」
 内幕を知らないバルナバが首を傾げるが、その問いに少女が答える事はなかった。
「別に。―――正式な通知が来るのは少し先だろう。それまでどうする?」
「うん、近くの宿に滞在しようと思う。ええと、ほら連絡先を書いて提出しておけば良いんじゃないかな」
 どこからか見つけ出していたのか、紙を少女の目の前に出す。既に幾つかの項目は埋められていた。
「そうか。なら、ここでお別れだな」
 その事実に彼は気付いていなかったのか、一瞬、呆けた後、悟ったらしく残念そうに肩を落とした。
「ああ、そうだね。でも、お別れじゃないよ。同じ職場だ。会う機会も多い」
「だと、いいがな」
 そんな減らず口を叩きながら、彼とは別れた。少女も適当な宿に滞在する事にした。それから、一週間ばかり経った頃に正式な辞令が届いた。

謹啓、アリス殿。
ますます御健勝の事とお喜び申し上げます。さて、貴下は先日行われた弊団に於ける選抜試験において大変優秀な成績を収めました事を、ここにご報告致します。貴下の成績を鑑みた結果11月1日より第2連隊に配属される運びとなりました。つきましては、同封される契約書にサインを頂き、11月1日にご持参なされますようにお願い申し上げます。仔細は契約書に記してありますのでお確かめ下さい。団員一同、貴下の加入を心より歓迎致しております。
敬白

同封された契約書には、ずらりと要項が並んでいて、目の前が暗くなりかけた。きっとバルナバにも同じものが送られてきているだろうし、彼は何も考えず喜んでいる事だろう。
この結果を喜ばない事はないが、手紙に書いてある選抜試験に思いを巡らせる。納得がいかない。能力を買われての合格ではない。
副長に気に入られたから。
ただ、それだけの理由で彼女はこの手紙を受け取る事になったのだ。それを認めるには少々少女の自尊心は大きすぎた。
かと言って、これを破り捨てる事などできはしない。
幾度かの僥倖が重なってもたらされた奇跡だろうし、他にこれに並ぶ仕事の当ては当然ながらない。
結局は、ここは割り切るしかないのだが。
「そんな簡単に割り切れられたらもっと上手い生き方してるって……」
書類をベッドの上に投げ打ち、部屋から出る。
暫く頭を冷やそう。
この街に逗留して1週間ばかり経ち、ある程度の地理には詳しくなっていた。嫌いな場所もお気に入りの場所もでき、顔見知りも少しはいる。流石に貿易の要衝なだけはあって、言語も入り乱れ、生活に困る様な事にはならなかった。
大通りを抜け、門を潜り外界へと出る。この国に奥深く入り込む道はこの街を出て直ぐに丘陵へと上っていた。
草地の丘陵には頂上に一際大きい樹があって、それは何百年と街を見守っているのだろう。
樹の枝がざわめく音、幹が風で軋む音、それはすごく心地よく、少女の心の波を静めてくれる。
幹に背を預け、一人物思いに耽った。
晩秋の風は頬を赤く染め、吐息は白く染まる。
色々な事を思い出した。
それはほんの一ヶ月ほど前の事なのに、もう何年も昔の事の気がする。
色々なものが巡って、少女はここにいる。きっかけのあの少女。 今はどこで何をしているのだろう。妹たちは無事だろうか。 考え出すときりが無い。
心残りは沢山あって、それはもう絶対に手は届かない。
でも、自分は恵まれている。
居場所を捨てたのに、直ぐに別の居場所が手に入った。これは僥倖で、掴まないと直ぐに逃げてしまうだろう。そして、二度目は決して来ない。
だから、掴む。
自尊心やらなにやらはもっと偉くなってから振るえばいいのだ。 決心を固め、目を開ける。
目に入るのは、黄昏時の空模様とそれに染められている丘陵の草地だった。
(何か証が欲しい)
ふと、そう思った。ちらりと風で巻かれた自分の髪が目に入った。
傭兵団に入るというのに、腰に届きそうな長さはまずいだろう。 纏めてから、腰に差していたあのナイフを引き抜き、それに当てた。流石の切れ味で、なんの抵抗もなく髪は身体から離れた。束を持って風に放す。
風に巻かれ、宙を漂う髪を眺めながら、これがそれになるだろうかと少女は思った。


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