59.

 痩せた身体で不運を諦めている顔や喜び勇んでいる顔を見て、スカルウェラはため息を吐いた。一体彼らがどれほどの働きをしてくれるというのだろう。その腕には粗末な木しか握られておらず、彼らは狂気の犠牲者にしかなり得ない。
スカルウォラはウルソーの命令でコライユ大公国に派遣されて兵士を募っていた。20歳から40歳の働き手を奪われる街の長老たちは諦念に満ちた表情を湛えてその命令に従った。彼らは気まぐれな大国の傲慢さに耐えるしか道を知らないのだ。それはある意味で人間の本性に近いものだ。その意識から自由なものは多くはない。その真に自由な人間の行動の所為で彼らはこうした犠牲を払うことになったのだが、スカルウォラは特に同情はしなかった。彼も傲慢な大国の人間で彼らを同情することを知らない。とはいえ、今回の処置に疑問を覚えているのも確かだった。今度の徴募では総勢500程度を見込んでいるが、それが即、アエテルヌムの軍勢に影響を与えるわけではない。10万の軍はデルタにおいては圧倒的であり、例え、ガラッシアが出てきても十分に優位を保つことができるはずだ。彼らに10万を派兵できるほどの余力はない。アエテルヌムですら青色吐息でなんとか維持しているのに、あの過去の国が可能であるとは思われない。スカルウォラは実際にこの戦力でガラッシアに攻め入り、ある程度まで優位を保てた。あの時には拙攻と老王の捨て身の焦土作戦によって破れたが、アエテルヌムが守勢に回る今、尚のこと十分なはずだ。デルタは湿地と平原で覆われ、ウルソーは湿地の多いボシュエに依拠することを決めた以上、より多くの兵力は必要ではない。それにも関わらず、この徴募を強行するのはそのウルソーの意志が固いからだ。彼は取るに足らないはずのコライユが万全の兵力を保持しておくことを異様に警戒している。
デルタからは各々最大限の軍を供出させている。ボシュエは3000、コライユが9000、イウェールは王都を含め大部分を失ったが、それでも反シャルトルの一派がアエテルヌム陣営に止まっている。
ある意味では、軍事的な空白地が現在多くあることになる。ウルソーは軍を結集し、ボシュエに本拠を定め、そこを守るように軍団を配置している。アエテルヌムの軍団は守勢に回ることに慣れていない。軍団は焦れているし、幕僚たちもウルソーの消極策に不信感を持っている。挑発するように軍を繰り出してくるシャルトル伯に対して、殆ど反応しないことは、益々、幕僚たちの苛々を募らせていた。軍人とは勇敢で常に護るより攻めたいのだ。その傾向や圧力を完全に押さえつけることは不可能だった。スカルウォラは自らのその傾向を抑えられなかったし、ウルソーは下僚のそれをいつまでも抑えつけておけないだろう。
ウルソーは冷酷で実際家の、皇帝の好みに合う指揮官で、状況をかなり感情を排してみている風だった。シャルトル伯の挑発を全く意に介するつもりもないし、ガラッシアが本格的に参戦するまでに長大な防御陣を作り上げるつもりだ。しかし、彼は地の利がないことを、悟ったとようで、というのもシャルトル伯が出現するところ、土着の豪族は殆どが味方したからだった。ウルソーが守勢に回ったことで、状況は一変した。ボシュエにおいて、激しい反乱が頻発し、その反乱は各自散発としたものだったが、その一つ一つは悲壮だった。ウルソーは激怒し、軍団を使ってそれらを押しつぶした。だが、それは失策だった。ますます、反乱は激しくなり、彼らは死を厭わなくなった。無論、いまやデルタの住人に現世に思いとどまらせるようなものなどない。今やウルソーはボシュエにおいてさえも安定に軍団を一個割かねばならなかった。
唯一、コライユだけが忠実だった。糧秣を届け、デルタにおいて最も大きな戦力をアエテルヌムに捧げている。しかし、ウルソーはそれすらも疑いの眼差しで見るようになった。静かなのは、最も重大なときに致命的な一撃を与えるためなのかもしれない、きっと、そうだ。猜疑心は日に日に大きくなり、此度の命令が発せられることになったのだ。
スカルウォラは諌めたが、その諫言に耳を貸す様子はなかった。スカルウォラは諦め、彼の命令を遂行する為に出立した。コライユは静かな国だった。デルタ特有の戦乱はこの国ではどこか別の世界のものだと思わせるし、それは大公の指導力の賜物なのだろうが、すでに隆盛は過ぎ去ったものだった。驚くほど従順な貴族たちと無気力な大公に守られたこの国はアエテルヌムの庇護下で満足しきっている。
 スカルウォラがウルソーの指示を大公に伝えた時、彼は腫れぼったい眼を微かに動かして、「そう命じよう」と言っただけだった。彼は世の中に倦んでいるように見えた。宮廷は静謐というより沈黙で、生というより死だった。彼らは生贄になるのが貧しい住民だと知って一様に安堵を覚えているだけの矮小な人間に過ぎなかった。国力をすり潰し、それは容易には回復されないのにそのことに目を向けようともしない。
 スカルウォラは一応の準備が整ったのを見て取ると、早々にボシュエに向けて出発した。とにかく早く届けることに専念しようと思った。この仕事は実りなく、どうやら不都合な真実が露出しているように感じられ、それから目を逸らしていたかった。
 整然とした行軍ではなかった。がちゃがちゃと荷物がぶつかる音の中に兵士たちの雑談の声が混じる。ごくわずかの騎兵が監視というか先導の役で、回りにいるが、それが何だと言うのだろう。
 野営の際には露天で夜露に濡れ、そうして少しずつ緊張感が欠けていった。後一日で国境を越えるという段に、何の警戒もなく、疎らな林を通りぬけている時だった。軍団の先頭に俄かに衝撃が走った。悲鳴が響く。起きた凶事を理解し、一瞬で頭から血の気が引いた。この緩み切った軍が襲われたらどうなるのか。
どうして、という思いが一瞬過った。どうして、知っている。何故この下策の行動すらも読まれているのだ。混乱の中でスカウォラは為す術を知らなかった。
この集団を襲って何の意味があるのだ。誰が描いたものだ。シャルトル伯ではあるまい。直情型の彼女はこんなことはすまい。スカルウォラは戸惑い、彼らの意図を読み切れず、ただ混乱が増すばかりで襲撃を知らせに来た伝令にうろたえる姿を晒しただけだった。その間に、混乱をきたした軍団は我先に逃げ出そうと揉みくちゃになって、ある者は倒れ、ある者はその者を乗り越え、踏んだり踏まれたりしているのが見えた。
「閣下、御命令を」
 軽蔑した色の声に現実に引き戻され、途端に一つの事実に気付く。そうだ、奇襲の常套手段。
 後ろ、と振り返った目に映ったのは砂埃を上げて近づく騎兵隊の姿。ああそうか、彼女か。彼女であればこの集団は終わりだ。馬首を巡らせる。呆気に取られた伝令の表情は既に映らなかった。


 天幕には熱気がこもるようになっていた。初夏だ。水盆に張られた水に、自分の顔が揺らめいている。奴隷に張らせたもので、その奴隷は慎ましく視界の隅に控えている。アリスの勘気に対応するためだ。軍営であろうとなかろうとアリスは全く変わることがない。傲慢で気高い。この点でアリスはまったくガラッシアの元老院議員に相応しかった。そして、まったくこのまま態度でデルタの歴々に相対した。騎兵を率いたアリスは、イウェールに入りラシェルと面会し、その会談は好意を以って思い起こすことができた。戦陣の彼女はその見事なプラチナブロンドの髪を編んで後ろで一纏めにし、ベージュのストラに臙脂の帯を胸の直ぐ下に着けているだけで他の一切の装飾をしていなかった。赤い瞳はくりくりと愛らしいままだし、化粧をせずとも美しさは損なわれない。だが、やや心労が影を落としていた。
「貴女がマリウス傭兵団を辞めたと聞いて、再び会うことなんてないと思っていました」
 不遜で傲慢な印象のあった幼子がもう少女とは言い難い年頃に成長しているのを目の当たりにするのは時の早さを実感する瞬間だった。
「私にはあったよ」「それが不思議だと思いませんよ」
気の強さは相変わらずだった。だが、無礼な振る舞いも愛嬌の内でついつい対応が甘くなる。ラシェルは赤い瞳を輝かせて悪戯っぽく笑んだ。
「貴女は何も変わりませんね。私はこんなに大人になったのに。ガラッシアは貴女には生きにくいと思ったのに」
「セレンがいる。私にとってはそれが一番、生きやすい」と肩を竦めてみせる。
「まあ、仲の宜しいことで」と一息を吐いて「ですが、派遣されてきたのが貴女でよかった。他の人だと難しいものになったでしょう」と言葉には苦労が滲んでいた。思えば常に敵と相対しているのだ。張り詰めるものがあるのだろう。
「勿論、セレンはそれを考慮して私をまず送ることに決めたんだろう」
 先遣隊に自らの同僚と定めている人間を選ぶということは異例だった。それだけ、セレンは軍団長たちを信用しきれていないということだし、また、デルタに通暁している人間がアリスしかいないということでもある。信頼の実感は自尊心を擽るが、心配も多くあった。セレンは幼馴染がいないから、気の置けない部下がいない。仲のいい連中は未だ財務官を経験したばかりだし、その中でアリスだけが抜擢されていることを考えるとその程度は覗い知れる。
「ガラッシアとしては今度の挙兵は時期尚早だと考えている」アリスは執政官としての仮面を被ってラシェルを見た。彼女は金色の眉をちょっと挙げ、微かに不満を表した。
「私は排除されようとしていたのよ?」
「だとしてもだ。我々の軍備は整っていなかった。私が僅かな手勢しか率いていないことが何よりの証だと思うが」
 30年の平和があって、国庫は潤沢だったが、それを開き実際に軍備を整えるには時が必要だった。アリスは4個軍団を思うように訓練したが、それも期間としては十分でなかったし、後を継いだホルタスはアリス程それを重視しておらず、再び戦争に耐えるように変えるのに時間が掛かる。それに何よりもまず食料の調達と輸送手段を確保しなければならず、交渉事は往々にして厄介なものだ。セレンが宣戦を可能な限り伸ばそうとしたのもこういう背景がある。
 ラシェルは自らの埒を固守する姿勢を見せた。
「私は独力ででも事を為すつもりでした。正直に言ってデルタはもう耐えられません。大国であるガラッシアには分からないかもしれませんが」
「小国の悲哀など、我々が関知し得ることではない」
 アリスは傲慢に言い、ラシェルは小さく唸った。あまりにぞんざい過ぎたと後悔したが後の祭りだ。気まずさの中でこの失敗をやわらげようと別の話題に転換しようと語を継ぐ。
「だが、兵を起こした後の動きは見事だった。ウルソーを北に押し込めていることには私もセレンも満足している」
「ありがとうございます。これから、どうするつもりなのですか?」
「攻められる時に攻めたい。ウルソーは未だ状況を掌握しきれていないから、その時を精々利用しよう。セレンが到着すれば、否応なくこちらに選択権が生まれるだろう」
 ラシェルはその言葉を意外に受け取ったらしい。
「それで、アエテルヌムの動きはどうなっている? あの国は糧食の殆どを本国からの輸送で賄っていたな?」
 デルタで厳しく取り立てたとはいえ、10万人を糊するほどの余裕はない。しかし、
「はい。私が反乱を起こさせた貴族の1人に、一部分ではありますが輸送を担当していた者がいました。最も早く鎮圧されてしまいましたが。ウルソーはかなり気を使っています」
先の戦争が輸送路を遮断された為に敗北しているから、再びそこから目を逸らさせることはできないだろう。
「その一方で本国の支援は満足できるものではないでしょう。あの国は戦争で国が傾きかけています」
 それもそうだろう、とアリスは思った。閉じぬ戦線を一方で抱え、また、対ガラッシアが長期戦の様相を呈してきたことは若い皇帝には荷が重いだろうし、如何な大国であっても支え切れるものではない。権威の落ち行く中、人望のないと噂される皇帝が国内をどう纏め切れるのか興味があった。
「でも、それに私が思い巡らせることは不相応なことなのでしょうね」とラシェルは明け透けに、眉を下げて言った。
「あるいは。そういう態度も含めてな」
 小さくラシェルは笑った。
「貴女が寛大な人だということはよく分かっていますよ」
 その言葉が立場を変えさせたのだと、深くアリスの心を突き刺した。それからの話はウルソーの動きに限定された。ラシェルは唆した反乱は特にボシュエで激しく、というのもボシュエは誰か一人に纏まっておらず、諸侯の自立心が強かったから付け入る隙が大きかったからである。ウルソーはそれを一つずつ確実に潰していっている。その間、ラシェルは大きく動いていた。かなり北上し、出向いた軍団をやぶったことは一度ならずあった。用兵は巧みであり、敵軍が動けない時期を十分に活用していた。それを受けてウルソーの積極的な攻勢は影を潜めていた。彼はセレネスが参戦するまで固守することを決めたのかもしれない。ここまではラシェルにいいようにやられているから、時間を置きたいのかもしれないし、ラシェルを勢いだけとみて殺ぎたいのかも知れない。この状況では、できることは多くあった。彼らはデルタの持ち主ではないことを忘れるべきではない。
「それで、ウルソーの動きはどうなっている?」アリスは問うた。
それに淀みなくラシェルは答える。彼女はよくセレンから物事の大要を掴んでいたようだった。多くの諜報員をデルタ各地に派遣しており、情報の量は膨大で、欠けるところはない。大抵がこの煩雑なことを軽視するが、情報の精査で勝敗が決するといって過言ではないのだ。
「スカルウォラがリンブルフを離れた?」
 ある一つの人事にアリスは引っ掛かりを覚えた。
「はい。今、ウルソーは反乱の鎮圧に大童ですよ。私を殺せなかったからそうなるのです」
 コライユに向かったという報告にラシェルは拘りを持たなかった。
「それが何故、コライユに派遣されるということになるのだ。コライユは安定し、アエテルヌムが圧力を掛ける必要があるとは思われない」
 それとも水面下で何か動きがあるのか。いや、とアリスは思い直した。主にボシュエ、イウェールでアエテルヌムの権威が大幅に揺らいでいるのに、一見して平穏なコライユを揺さぶる必要があるとは思えない。スカルウォラを用いているということは重大事に違いない。彼は失権したとはいえ高官のままだ。おいそれと用いることはできない。ということは答えは一つしかない。アリスは自然とそこに到達した。ウルソーは平穏であるからこそ、警戒しているのだ。疑心暗鬼に陥っているのだろう。無理もない。
「ウルソーは傲慢で若い指揮官だったな?」
「はい。礼儀もなってませんでしたよ。私を幼いからって馬鹿にして。でも、それが何だって言うんです?」
「歩兵を500貸せ。コライユに出向く」
 ラシェルはびっくり眼でアリスを見上げた。
「そんな小数で、何の目的で?」
 説明するのがもどかしかった。比較考量はすっかり済んでしまっていてラシェルの反対を受ける必要はない。だが、一から説明しなければならない。兵を供出するのは彼女なのだ。要らぬ不和は避けたい。
「小数だから動き易く目も零れやすい。ウルソーはコライユを万全にしておかないつもりだ。お前が指嗾した反乱は彼を蚕蝕している。これは致命的な失政になり得る。もしコライユを揺るがせば、老大公は鞍替えを考えるかもしれない」
 ラシェルはようやくそのことを理解したようだった。
「彼らが話を聞くでしょうか。名義上はアエテルヌムの協力国です。恐らく担当官もおいているはずですよ」
「それでも信用ならないからスカルウォラを派遣したのだろう。別の目的があるかもしれないが。そのどちらでもよいが試してみる価値はあるだろう。それに、我々がコライユを受け入れる、という姿勢を見せておくだけでも十分だ」
「ですが、やはり危険なのでは?」
「800あればこの地で私を遮るものなど何もない」
 何を言っても無駄だと彼女は悟ったようだった。
「分かりました。ご武運をお祈りいたします」
 立場に相応しく折り目正しく言った。
 そうして、電光石火で来襲した結果、新兵をボシュエへ運んでいるスカルウォラの軍隊に遭遇した。
 アリスはそこで回想を止め、水を掬って顔を洗った。タオルを取って拭い、奴隷に投げる。髪に水滴が伝い落ちた。水盆を下げるように手で振って指示した。そこからの動きは取るに足らないことだ。スカルウォラの動きはアリスの予想通りだった。敵襲を予想できなかったことは彼の落ち度ではない。とはいえ、討ち切れなかったことは痛恨事だ。彼はガラッシア軍とみるや全てを見捨てて逃げ去った。その見切りの早さは舌を巻く。アエテルヌムの高官を討ち取れればある程度の打撃になったろうに。
 天幕の外に人の気配を感じ、そちらの方を向くと、ちょうど奴隷が現れてトリブーヌスであるバルナバが面会したいとのことだった。それに許可を与えると、幕僚である革の鎧の軽装のバルナバが入ってきて敬礼をした。
「お呼びでしょうか」
 6人のトリブ―ヌスの内にアリスは傭兵団以来の友人を選んでいた。バルナバは新興勢力の内の一つの一門の末っ子で、全く引きがなかった。兄らも一人が東部でトリヌーブスをしているだけで、あまり出世していない。それだからマリウス傭兵団に飛ばされる、ということもあり得たのだろう。結果、それが強力な繋がりを得ることになった。アリスの申し出により、バルナバは一気に一門の期待を背負うことになったのだ。それには苦笑を禁じ得ない。それでもバルナバは大きな重圧を感じているように見えた。
「ああ、頼まれて欲しいことがある」
 アリスはこの来訪の目的と意義を説明した。彼を使節に使うつもりだった。
 彼の話の飲み込みはあまりよくなく不安を覚えたが、如何せん他に適当な人物がいなかった。他の誰も信用しきれず、その中ではバルナバが最もマシだ。数年来の付き合いもある。アリスは人に要領よく物事を飲み込ませることに不得手だったから、苛々し不機嫌になったが、いつものように短気に身を任せるようなことはできなかった。
「違う。そうじゃない。よく考えるんだ。コライユ自体には何の価値もないんだ。大事なことは疑念を植え付けることだ。人間、信頼が大事だろう」
コライユを懐柔する為にどこまで妥協できるか、という素っ頓狂な疑問にアリスは頭を抱えたくなるのを必死に押さえつけて答えた。 「君から信頼という言葉が出てくるとは」
「うるさいな。自分のことを棚にあげるな。私だって、ただの兵士じゃないんだ。それくらいは学習する。お前もいい加減数字とばかり仲良くなるな。そんなだとこれ以上出世できないぞ」
 レガートゥスはまだまだ若手の職責だった。本来ならばアリスがその地位であるべき歳で、軍団の序列でもまだ軍団長があるし、その前には文官の按察官を務めなければならない。バルナバの前にはまだそれだけの多くの障害が横たわっていて、アリスはそれを簡単に飛び越えてしまっていた。すべてはもう傭兵団の頃とは違うのだ。
 バルナバは必要以上にアリスの言葉を深刻に受け止めたように見えた。元々、神経が細く武官には向いていない。
「まあ、いい。ともかく肝要なことを忘れるな。その理念から外れる行動をしなければよい。結果は問わん」
「もし、それに違えば?」
「その時には、お前の首でも足りんぞ」
 軽く言ったつもりだったが、バルナバの表情は蒼白になった。
「冗談だ。上手くいけば、按察官くらいにならセレンに推薦するよ」
「君に、そんなことを頼むつもりはないよ」と、バルナバは気丈に言った。
「そう」と平坦に答える。「セレンには友人が多いぞ。その中で見出されることは、偏に才能か運に掛かっている。私にも2人ほど、押し付けようとした」
「2人?」バルナバは疑問に思ったようで聞き返した。6人のトリブーヌスにはナシカの息子しかセレンの友人はいない。他は全部が曰くがあったり、勢力が弱かったりし、バルナバが疑問に思うのも当然だった。
「1人は断った。ミーネだったんだが」
「あの人は、元首とも仲が良いのか」
「というより、昔の恋人だ。しかも、こっぴどく振られたな」
 その辺の事情にはさっぱりと無知だったようで、目を白黒させた。
「セレンも昔の恋人を私の下に付けようなんて人が悪いし、ミーネも私の部下なんて絶対にごめんだろう」
「そうでもないかも」
「まさか。私だったら嫌だぞ」
「君だったらね。でもあの人は」言いかけて首を振った。「一度、話し合ってみたら?」
 その言葉に、アリスは逡巡した。答えは出ず、それを悟られるのが嫌で、この会話中バルナバが犯した罪を指弾した。
「いつも言っているが敬称をつけろ。これが最後だ。下がっていい。恐らくコライユから使者が来るだろう。その時に呼ぶ」
「御意に」
 敬礼し、バルナバは辞した。
 使者の来訪が衛兵から告げられたのは、その翌日のことだった。  兵士が一隊ごとに直立し、銀鷲旗を掲げていた。アリスは髪を纏め、紅のマントを羽織り、指揮官用に一段高くされたところへ上り、樫で造られた椅子に腰かけた。
 コライユの使者を見下ろす。栗色の長髪がカールしている相当な肥満体の男だった。
「ディナン小伯、侍従アラン・ド・オジェです」デルタで肥満するまで飽食に暮れるなど随分と裕福に見える。正体不明の、恐らくはシャルトルの指揮官と思しき人間に、全てがあやふやなままで面会を求め、しかもその先陣を切るのだから、見かけによらず豪胆な部類に入るのだろう。それともいやいやながら生贄として選ばれたか。
「ガラッシア執政官、前執政官格命令権保持アリス・アルトゥーラだ」
 冷然とド・オジェを見下ろした。結局のところ、威厳とかそういったものは歳と共に培われるもので、今それを得ようとしても土台無理な話だ。現状で少しでも相手に敬意を払わせるには、狷介孤高であると思わせるしかない。
 ド・オジェの表情はやはり、といった具合に僅かな望みから絶望へと推移した。陣容を見ればデルタのどこのものでもないと気付くはずだし、銀鷲旗を見れば、伝統あるガラッシア以外の何物でもないと気付くはずである。
「戦陣には似つかわしくない黒百合のような美しさをお持ちの方だ」その内心を悟られないようにか、全く別の言葉を吐いた。
「そんな美辞麗句を並べる為に来たのなら、お帰り頂いて結構だ」
 アリスはにべもなかった。生来が外交官としての資質に不足している。彼女は好戦的で武断派だ。だが、そういった激しさが若さや美しさで和らいでいることもまた事実だった。実際、ド・オジェは年長者の余裕からか、小さく笑んだだけだった。
「随分とこちらの言葉に長じてらっしゃる」
「数年、滞在していたことがあります」
「なるほど」と一拍置いた。そして気を取り直して「伝統ある僅か貴国が、軍勢を引き連れて何の通知もなく訪れるとは俄かには信じられないことです」
「我々はイウェールの要請に基づいてこの戦争に参加している。ガラッシアは、庇護を求めてきた国を無下にすることは決してないし、アエテルヌムのように我が同胞を犯すようなことをする国を許してはおけない」
 敵意は明らかだった。勿論、ガラッシアは侵略戦争を行っているのであり、イウェール以外の国は全て敵だ。しかし、明示的な敵と潜在的な敵の差はやはりあった。
「コライユは全世界と友好でありたいと願っています」
「貴国は全面的にアエテルヌムに従っているのではないか」
 コライユにとっては難しい局面だろう。アエテルヌムがこうまで不義理であったと思うまいし、ガラッシアがここまで行動的だと思っていなかっただろう。電光石火の来襲にスカルウォラは逃げ去り、表立って抵抗する藩屏もいなかった。遠く、ガラッシアとアエテルヌム、ボシュエとイウェールの抗争だとしか思っていなかったのだろう。準備は全くなくアリスに対抗する軍を差し向けることは難しい。
「確かに、我々は彼の国の同盟国であり、彼らを支えています」と不承不承ながら言った。認めざるを得ない。隠しても利するところはないし、もしかしたら苦境をアリスに理解させられるかもしれない。
「であるならば、我々が提示できる条件は多くはない」アリスはにべもなく言った。ガラッシアに失うものはなかった。コライユは名義上敵国だし、彼らが折れればこれから先、関係はずっと簡単になる。
「想像はつきます」
 条約の破棄、軍団の派遣、糧秣の供給、はたまた軍資金の供出でもいい。だが、その果実は条約からの離脱という事実より重要ではなかった。
「想像であっては困る。我々は実際にアエテルヌムの兵と刃を交えているわけだから」
 ここに至ってド・オジェは言葉に窮した。いかなる言質も与えてはならぬと命を受けているのかもしれない。
「それに従わなければどうなります」
「是が非にも、同意して頂きたいものだ。お互いにとってそれが最も幸いなはずだ」
 口裏に響かせたものは、ド・オジェにとってはこれ以上ない脅しだった。ド・オジェはちらりと視線をアリスの横、後ろのトリブーヌスたち、それから僅かばかりの軍団へ動かした。戦力と自らが持てるものとを比較しているのかもしれない。アリスの目には貧弱にしか映らないが、ド・オジェには強力に映るだろう。
「我々にはそれを強制する能力と意思があります」
「私には貴女に返答をする権限がありません、大公殿下に奏上しなければなりません」
「令名高き老大公か。噂はかねがね伺っているよ」
 アリスは格好を崩して言った。彼がなんといわれようとコライユの平和を保ってきたことは事実だった。傭兵の時分には彼の動きをあれこれと詮索したこともあった。デルタにおいては常にラシェルと並んで重要人物と思われてきた。
「私は貴女のお答えを殿下に持ち帰らなければなりません」
「よろしい。私のレガートゥスを一人、使節として同行させましょう。色々と貴国の判断のご参考になるかと思います」
「数々のご配慮に感謝申し上げます。喜んで、ご同行致しましょう」
 アリスが手を上げると、バルナバが進み出て、ド・オジェに敬礼すると、ド・オジェも返礼した。アリスはそれを眺め
「私は常に使者を歓迎するし、極力、穏当な解決策がある時はそれを選びたいと思っている」
 と言い、腰を上げた。取り巻きが天幕にすぐそばまで付いてきたが、手を振って下がらせ、一人、天幕をくぐる。直ぐに奴隷が現れ、外套を外した。それに目をやらず手を振って下がらせる。誰もいなくなった天幕の中、アリスは自分が似合わないことをしていることに少しだけ劣等感を刺戟されていた。所詮はセレネスの猿真似にしか過ぎないし、脆く危険な綱渡りだ。アリスを防ぐ手はいくらでもある。少数だし、敵地に存在するのだから破ることは簡単だ。だが、その見方は恐らく公正ではないのだろう。少数であることは補給の容易さを示し、敵地でしっかりとした軍を纏めていることは大きな圧力になる。できることといえば籠城で、それをアリスは無視して進んでいた。一度、追撃に出てきた軍を伏兵で破り指揮官を血祭りにあげてからは皆が貝になったかのようだった。
 ラシェルに公言して憚らなかったように実際にデルタでアリスを凌ぐ指揮官と軍はない。それがよく分かった。そして自分以上にコライユはそう感じているはずだ。例え、若い女であることが侮りを与えたとしても、最も優れた暴力を意のままにできる人間を蔑ろにはできまい。
 この行動はそこまで責められる謂れはないだろう。1000足らずで一つの楔を打ち込めた。どう転んでも何かの行動を誘発するはずだ。
 執務に使っている机に腰を下ろした。報告の為にパピルスを広げ羽ペンを取る。面倒な作業だが、口述筆記をしようとは思わなかった。あれは上手く思考できないし、慣れない。セレネスが今度のアリスの行動を嘉しないことは容易に想像がつくが、報告しないわけにはいかない。ここで小さな石を放っておくことの利を彼が気付かないことはないだろうが、それでも彼はアリスを責めるだろう。彼が思うアリスの価値と自分自身が思う価値が大きく隔たっているのは薄々感じている。それを正当化する為にも是が非にも書かなければならない。
 アリスは大公の返答を待つことはせずに軍を進めた。コライユはボシュエと比べて比較的平原が多い。ボシュエは湿地帯が多く、戦場には殆どむかない。コライユは軍勢をせき止めるものが殆どなかった。攻めやすく守りづらい土地なのだ。それは何もコライユだけでなくデルタ全域に言えることだ。その点でボシュエに本拠を構えたウルソーは守り切るという意思を見せている。ガラッシアの攻勢を強力なものだと試算しているのかも知れなかった。
 騎兵隊と歩兵の少数は殆ど抵抗を受けずに7日間、定石に沿って行動した。麦畑を見るや、麦を刈り取らせ、あるいは燃やし、野営の際には陣営を築き、常に偵察騎兵を放って万全を期した。
 オクシアナ河の支流に面する古城に迫った頃、使節団の接近を騎兵が報告してきた。例のごとく使者はド・オジェで、返礼の書状を携えていた。
「閣下をお迎えする為、大公殿下は出向いております。閣下に置かれましては是非晩餐にご招待したく書状を持参したしました」
 想像できる答えだった。ここまで眼前に迫ったのだから、直接膝を突き合わせて話しあった方が実りある。それにしても大公と面会したことはなかった。傭兵の頃はコライユは縁遠かった。
「拝見します」
 アリスは受けて取って封蝋を破った。ウェスミル語で綴ってあるのを四苦八苦しながら読み下し、内容がド・オジェの言葉と相違ないことを確認して、彼に向き直った。
「暫し、御待ち頂こう」
 彼を外に出して、奴隷を呼び入れる。奴隷たちが大童で化粧道具や装飾品、衣裳を準備している間にバルナバの報告を聞く。
「老大公は非常に穏やかな人で感銘を受けました」
「お前の感想なんてどうでもいい。感触は?」
 頭を振るのが眼前で奴隷が広げる鏡越しに見えた。
「大公は、現状で満足しているようでした。大きく情勢を動かす決断をするとは思えません」
奴隷が近づいて、チュニカの上から紺のストラを被せる。真紅の帯を胸の下で結び、椅子に座ると前に鏡を置き、アリスの周りに化粧箱を広げ、作業に取り掛かった。
「脅しは効かんか」
「彼は老人で世に未練はないように見受けられました。難しいでしょう」
「理詰めでは? 感情に訴えては?」
「条約の内容に不満を持っていることは窺い知れます。とても対等とは言えないものですから。ですが、大部分のデルタの人間にとって、アエテルヌムの名は神々にも等しいのです」
 バルナバの言葉をまるっきり信用するわけではないが、目は薄そうだ。無駄かも知れない、と思うと晩餐に付き合うのが億劫になる。
奴隷たちが白粉を塗り、アイラインを描き口紅を引く。それを苛々しながら耐え、鏡の中で自分が様変わりしていくのは全くの他人を見ている気分だった。
「誰が、重臣の内で権勢を誇っているのだ?」
「大公は若い後妻を迎えていて、その父であるド・ノル伯です。ですが、彼がアエテルヌムとの窓口です」
 熱心な親アエテルヌム派であれば、言葉を交わすことは難しいだろう。アリスを排除することを唱えているかもしれない。失望が身を包んだ。あまりに実りの少ない賭けだったのかもしれない。
 アリスがそう感じたのに気付いたのか。バルナバが取り繕うように新しい情報を出した。
「若く野心的な貴族がいます。私に接触を図ってきました」
 鏡の中で彼を見、眉を上げる。
「向こう見ずだな。名は?」
「オリオル卿です。愛国心が強いのかもしれません」
「かもしれない。覚えておこう」何かの役に立つかもしれない。そんな心の動きを悟られないように全く違うことを口に出した。
「宮廷の雰囲気はどうだった?」
「息が詰まるような静けさです。あの国にとってデルタを覆っている戦乱はたとえどのような結末になろうとも関係がないのかもしれません」
 その曖昧な表現が気に障った。
「もういい。下がれ。お前も同行してもらうぞ。準備をしろ」
 下がって行ったのが気配が分かる。
 ピリピリしているのが、奴隷には分かるのか随分と緊張した雰囲気で彼女らは髪を結った。結い上げて、先にルビーの飾りのついた髪飾りを挿す。鏡の中で着飾った自分は醜悪で、何もかもが滑稽だった。化粧で自分が引き立つとは思えないし、それは金細工でも同様だった。
「私は美しいか?」
 奴隷たちは恐縮し、女主人のこの類の質問に否と答えるようなことは想像もつかない。彼女たちは口々にアリスを称揚することばを連ね、アリスを飾った。
「ネーレーイスよりも美しいです」
「これのどこが神か」
 いくぶん皮肉的な気分になっていた。こういう感情の振れがいけないことだとは思っていても上手く御することはできなかった。
「いい。下がれ」
 アリスは席を立ち、天幕を出ると、随行員たちは既に正装し、準備しており、彼らはアリスを認めると皆一様に嘆息した。アリスはいくら称揚されても心が動くことはなかった。彼らの目にどう映ろうと関わり合いのないことだ。
「さあ、行こう」
ストラでは馬には乗れず、輿を用意させた。それに揺られ古城へ出向く。右手にみえる河が日光を反射して宝石を散りばめたようにきらきらとしていた。昔からおなじみのデルタらしい長閑な風景で、これが自分のちょっとした決断や失策で血塗られたりすることになるとはとても思えなかった。その権限を自分が持っていることもどこか遠くのことのようだ。しかし、現実にアリスはセレンの右腕で伝統あるガラッシアを代表する立場にあるのだ。ただの傭兵団の隊長だった少女ではないのだ。
 古城は殆ど廃棄されかかっていたような石作りの城で、恐らく見張りの為に建てられたものなのだろう。アリスの襲来が突然で、そして対応する時間的、状況的余裕がなかった証だ。物見塔が高くいくつもあって、それが苔に覆われていた。
 城門の前に着くと、大公とその重臣たちが正装でアリスを待ち望んでいた。輿から降り、相対したアリスに彼らは礼をした。老大公は杖を突き背中の曲がった小さな老人だった。これが数年前までラシェルとその軽重を論じられていたと思うと不思議な感じだった。一方には生の活力があり、一方には死の静謐がある。
 老大公は、アリスの手を取ってキスをした。小国の君主がガラッシアの執政官に敬意を表すのは当然だった。この伝統ある権威ある地位が小娘に占められていることなどは関係がない。
「このような出迎えになってしまい、忝く存じます」弱々しい声色だった。
「いいえ。態々のお出迎え、嬉しく思います」
 大公の後ろに控えている、貴族たちが紹介された。何々伯、何々伯、とずらずらと変わり映えのしない中年の男ばかりで、見分けもつかないし、印象にも残らなかった。親アエテルヌムとのことだったド・ノル伯は紹介されず、熱烈な親ガラッシア派であるオリエルも紹介はされなかった。前者は端からアリスを認めようとせず、後者はあまり重きを為していないのだろう。
 老大公は晩餐の前に彼女を自室に招いた。心残りは今の内に晴らしておこうというのだろう。
 僅かな侍中と通訳を交えた会談だった。
「どうか、ワインを」
「いえ、結構です。お酒は飲みません」
 老公の視線がアリスの後ろに控える奴隷に飛んだ。晩餐で出す飲料を変更せねばならないのだろう。さて、彼らは一体、何を供するのだろう。ワイン以外の飲み物などそうはない。
「今、アエテルヌムの人間はおりません。貴女が駆逐されたスカルウォラ殿の安否を確認しに、国を発ちました」
「それでは、都合が良かったわけですね。お互いに」
「ええ。貴女がお越しになった理由はド・オジェからよく聞いております。デルタの安定は私にとっても自らの使命としてきたことです」
「貴公はアエテルヌムの治世で安定が得られるとお思いなのですか?」
 単刀直入にアリスは言った。
「では、お聞きしますが、当時それ以外の選択肢があったというのでしょうか。シャルトル伯も私と同様の決断をなさった」
「しかし、彼女は面従腹背だった。いまが秋だと決しました」
「私たちにも、そうあれと仰りたいのですか」と言って、苦しそうに一息吐いた。「シャルトル伯が頑張っておられることは知っています。一度、見えたことがありますが、あの小さな双肩にデルタの未来が掛かっているとは不幸なことです」
「貴方はシャルトル伯に比肩する力をお持ちだ。それを生かそうとは思われないのか」
「私の力は微々たるものです。それに歳を取り過ぎました。彼女は戦陣の中で成長しましたが、私は40年武器をとっていない。戦の役には立ちません」
「貴方はアエテルヌムの支配が恐怖であることを分かっておられるはずだ。この数年の統治でもそれは実感なさっているでしょう」
「コライユは40年間平和でした。諸侯が覇権を巡って相争う中、私は国庫を富ませ、人心を安んじておりました。確かに彼の国は横暴です。細かい点を論って負担を強いてきます。ですが、この国はまだ耐えられますし、貴国が彼らでないと、信頼することはできません」
「では、貴方は、戦時協力の上に、何の正統性もなく兵士の供出を命じる彼の国に殉じると言われるのか」
 結局のところ、横暴な大国二つの内、どちらかを選ばなければならないのは小国の不運だ。ラシェルはその出自からガラッシアを選んだ。一番の裏切り者は最も利益を得るものだ。続く者は殆ど何も得られないが滅亡からは救われる。
「殉じる、とは穏当ではありませんな」
「努々考えて頂きたいのは、どういう形にせよ、貴国はアエテルヌムに協力しているという点です。我々はそれを是認できません。そしてコライユの地は戦場に相応しく、私は騎兵隊を率いています」
アリスはゆっくりと調子を落として言った。
「何を仰りたい」
「我々は貴国がアエテルヌムの味方することを阻止すべく能う力全てを用いる覚悟があるということです。戦力を分割するという愚を犯してでも」
 じっと大公はアリスを見詰めた。その力は薄弱でこんなものが君主かと思った。
「私はアエテルヌムに忠義立てすることもできる」
「そうでしょうね。もしかすると、それが最も正しい道かもしれません」
 しかし、アリスを害するようなことは致命的にガラッシアと対立することになる。もし、セレンがデルタを手に入れた際には、コライユの住民と呼べるものはこの世から消え去るだろう。無論、そのことは老大公も分かっているのだ。
 大きく息をついて、老大公はアリスを見つめた。
「今、私は貴女に色よい返事をするというわけには参りません。ですが、貴女がお越しになられたこと、貴女の言葉、全て確かに受け止めました」
 その言葉を聞き、満足とはいかないにしろ、ある程度の成果は得られたとアリスは思った。
「では、晩餐に致しましょう。彼がご案内します」
 老大公が一人の貴族を招きよせ、その若い貴族はアリスの前で一礼した。


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最終更新日 : 12/10/9

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