四話

雨は降り続く。今日は傘がどことなく重く感じられた。
「おっはよー、少年君?」
そう言ってまだまだ寝足りない俺の肩を思いっきり叩いてきたのは、ご存知の通り・・・
「うわっ、夕菜先輩?」
「『うわっ』ってなんか失礼ねー、私が声かけたらダメなのー?」
朝からニコニコ元気で、多分1日8時間は寝てそうだなーとか思ったり。
「驚いただけですよ」
と、返事をしたら
「なんか、今日の有紀元気ないよ?」
「へ?」
「昨日はもう少し笑ってくれたのにー!もしかして・・昨日のコンタクトのことまだ根に持ってるの!?」
「コンタクトのことはもう・・慣れてますから。元気ないように見えますか、俺?」
いつもみたいに笑ってたつもりだったけど。
やっぱ、昨日のことを引きずっているんだ・・・。


昨日アヤメと別れてから、俺は結城さんと途中まで一緒に帰った。
無言では堪えられない。
「園芸部ではアヤメはどんな感じだ?」とか「学校以外でも一緒に遊んだりするのか?」とかいろいろ聞いた。
「たまに苦しそうに見えます」
「見える?」
「立花先輩はすごく強いんです。だけど、すごく辛そうにも見えます、ね」
「・・・そうなのか」
人の声で改めて聞くと、実感する。アヤメは大変な病を持ってるんだって。
「遊んだりは、あまりないですかね。先輩の体のこともありますし。」
「そっか。遊びたいとか思ったりしない?」
「大丈夫です」
俺の顔を見上げて笑いながら言った。
「いろいろとお話してくれますし、オススメの本とかも貸してくださいますし」
「へーアヤメのオススメ本ねー・・今も何か借りてるの?」
すると結城さんはごそごそと自分の鞄から一冊の本を取り出し、俺の方へ本の表紙を向けた。
『素敵な夢を見る方法』
あー、あれか。
「ちょうど長友先輩が傘を貸してくださった日に借りたんですよ」
そっか、あいつはあいつで先輩やってんだな。
なんか安心だ。
「でも」
ふっと、暫くこっちを向いていた顔が俯きまた見上げてきた。 笑ってはいたが、少し困ったような顔をして。
「ちゃんと、見ていて下さいね?」
「え?」
「じゃぁ、私、ここまででいいんで、ありがとうございます」 そう言って、走り出して角を曲がり、帰って行・・い・・・ィ・・


「ィ、ッッッたーーーーー!?」
右耳に激痛が走り、それと同時に・・
「ゆ〜〜〜き〜〜〜〜っ!!!」
と、つんざくような声が脳を揺らした。
「ゆ・・夕菜先輩・・?」
「も〜〜、有紀ったら、私の話ぃ聞いてるの?」
どうやら昨日のことが頭を反芻し、夕菜先輩の話を無視してたらしい。
真正面に立った夕菜先輩は、その長い髪をいじりながら怒っているようだった。
「え・・いや、聞いてました・よ?」
しどろもどろな嘘。
「なら私が、今言ったことを復唱してみてよ?」
そんな嘘は、社会では通用しない訳で。
「す・・・すみません」
この先輩を怒らせたら、恐い。
「・・・いいわ、許してあげる」
「へ?」
「許してあげるって言ったのよ」
「いいんですか?」
夕菜先輩の顔は、さっきのようにニコニコと笑っていた。
怒気もどうやらないみたいだ。
「ほら、優しい先輩が嘘をつくと思う?」
はい!と言いいかけたがなんとか自重できた。
「ふふっ、ほら、学校に遅れるわよ!」
俺の背中を押しながら、夕菜先輩は楽しそうに歩いていた。
「ねぇ!」
夕菜先輩が耳元でまた俺に話しかけてきたのは校門に着いた頃だった。それまでは、ずっと後ろから鼻唄が聞こえていた。なんのメロディなのか質問したが教えてはくれなかった。
「今日じゃなくてもいいんだけどさ、放課後空いてないかな?」
「放課後ですか?」
昨日の今日だし、流石にアヤメが心配だ。
「今日はちょっと都合がつかないですね」
「なら明日で決定!」
答えた瞬間に日取りが決まった。
多分断ったら大変だろう。
「了解しましたー」
「よし。なら、明日の放課後は校門前に集合ね」
返事をするよりも早く夕菜先輩は自分のクラスの靴箱の方へと走って行ってしまった。


教室は今日もいつも通り賑わっていて、みんな・・特に男子は1時間目の課題の写しあいをしていた。
因みに俺は、課題はちゃんと家で済ましておく人だから席に着いてからやることがなかった。
しかし・・、今日の夕菜先輩は良かった。いつもと違うというか、いたずらが殆ど皆無だった。大人しくしとけばもてそうなのにな・・・無理か。
今日の学校までの道のりはいたって平和だった。いつも気が沈んでるってのは嫌だったが、いつもあれくらいソフトな夕菜先輩との登校なら、なんというか悪くない、客観的に。
アヤメのことは気がかりで仕方ない。今日は登校しているのだろうか?
校庭の隅に目をやると花壇が並んでいて、季節の花を咲かせている。きっと園芸部も協力しているんだろうな。雑草抜いたりとか・・。
「あっ」
花壇を右から左へ眺めて中ほどまでいったところで気がついた。 忘れていた。
いや別に意識していた訳ではないけど・・・。
「長友君?」
不意の声が横からした。
「ん?」
例の如く、我らが委員長銀見 翠その人だ。美味しそうにパックのぶどうジュースを飲んでいた。
「大丈夫?なんか元気ないよ?」
確かに、元気はないな。てか、2日連続で妙に心配されるとなんか悪い気がしてくる。
「まーちょっとね」
「あ・あとさ?」
銀見はなぜかオドオドしだした。
「あの、人の趣味とかをどうこう言う気はないんだけど・・・」
趣味?
「俺、なんか趣味あったっけ?」
「その・・背中・・・。」
背中?
背中に手を回してみると何かが貼ってあった。
「なんだこれ?」
剝がしてみると、1枚の紙。そこに文字が書かれていた。
『蹴って下さい』
・・・・・・・・・・・・・・・・。
一瞬思考が止まる。
こういういたずらは最近すごく身近であったな。
「・・・長友君」
また今日の朝の説明か・・・。
「あーのさ、俺はそういう人じゃ断じてないからね?そこは解ってほしいのだけど・・・」
一息つく形でぶどうジュースを飲んでいた銀見の目が少し丸くなる。
「何その『違うの?』みたいな驚きようは・・・違うからね」
俺はそういう属性と思われていたのだろうか?
「ぷはっ、だ・大丈夫、私はそれくらいで人を嫌いになったりしないから!」
ぶどうジュースが空になったらしく、パックを折りながらそう言った。
誤解は解けてないらしい。
「とりあえず・・とりあえず俺は違うってことだけでも覚えていて下さい」
なぜか敬語。
「はいはい、了解しました。」
そう言って銀見は席を立ち、ぶどうジュースを捨てにクラスの人混みに紛れていった。
はぁ・・夕菜先輩。朝の感想は全言撤回します。
今日も朝から鬱だー・・。
アヤメのことが心配だし、夕菜先輩からは過度ないたずらしてくるし、委員長にはいらぬ誤解を与えてしまった。
・・・あと。
どうでもいいことなのかもしれないけど・・・昨日の帰りに見つけた紫陽花。
今日の朝、忘れてしまって見落としてしまったことを少し悔いていた。
校庭の花壇に咲いている紫陽花より、どことなくあの道の途中に咲いている紫陽花の方が好きだった。
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